こんにちは、インターンの安岡です。

今回は「まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」を読んだ感想と中身をちょこっとまとめようと思います。

そもそも全く別の経路から著者の「ブラックスワン」を常々読みたいと考えていましたが、amazonレビューを見た結果本作品でブラックスワン上下巻分の内容があるとのことだったのでこちらを購入していただきました。文体としてはよくある洋書にありがちな変な言い回しが多いうえに西洋の古典や哲学の例や、作者の金融関係者の一部への恨みが詰まったような言い方で若干げんなりするところもあるのですが、しかし面白い本だったと思います。データ分析とは関係ないじゃないかと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、データを扱う上でもいくらか教訓があるように思えたので内容をまとめたいと思います。

〇感想

この本が主張するのは、我々はほとんどが偶然や運といったものにふりまわせれざるを得ないのにも関わらず、それらの果たす役割を過小評価しがちであるということである。そのことによって運を実力と勘違いしたり、運がいいだけの人間を実力があるといって持ち上げてみたりする。しかし、運がいい人間はエルゴール性(本来は統計力学の用語だが、筆者は”長い時間のなかで物事が収束する”といういみで使用している)によっていつか取り返しのつかない大損をして市場から退場してしまう。どれだけ損する可能性が低くとも、自分自身がその損を吸収できない(吹き飛ぶ)ようなトレードをすべきではない。期待値で取引を評価すべきで、ロシアンルーレットのようなまねごとは(計算上1,000,000,000,000年に一度、標準偏差10個分のできごとだとしても)すべきでない(そしてそのような出来事はなぜか起こってしまう)。というのが筆者の主張である。

こんなことは言われてみれば当然のことで改めて言われなくてもそうだなあと思ってしまうが、このことに我々がなかなか気づくことができないのは、生存バイアスによって運だけの人間の足元にある無数の屍をにんしきできないことや、(どんなに頭のいい人間でも、バイアスやヒューリスティクスによって)物事の認知にどうしようもない欠陥があって非合理になってしまうことに由来する。「我々の脳は非線形性を扱えるわけではない。二つの変数に因果関係がある場合、ひとは原因のほうの変数が安定していれば結果も安定していると考えてしまう。例えば勉強を毎日していれば何かが身についていると思ってしまう。(中略)しかし、現実は厳しく、線形で正の進歩はめったになく、結果が出ないことにうんざりしなければある日突然何かが訪れたりする。」このような性質によって、人間はまれな出来事を過小評価してしまうのである。特に我々はある出来事が”ノイズ”であるのか”シグナル”であるのかを判断することができず、ノイズとシグナルの判別ができない。成功している人間も局所的な最適解に過剰適合しているだけで、本当は大域最適は別にあるかもしれないのである(合成の誤謬のように)。これに騙されないようにするには人間は耳をふさぎ目を閉じて再現性のある地味な道を耐えるしかないのである。

分析をする上では小さなデータをたびたび無視してノイズを取り払い、局所的最適解を目指さざるを得ないが、頭の片隅にはこのようなまれな事象を置いておかなくてはならない。

 

というところで次回はRとStanについて書きたいと思います。